私は戦友になれたかしら―小野田寛郎とブラジルに命をかけた30年 |小野田 町枝

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私は戦友になれたかしら―小野田寛郎とブラジルに命をかけた30年私は戦友になれたかしら―小野田寛郎とブラジルに命をかけた30年
小野田 町枝
清流出版 刊
発売日 2002-08
オススメ度:★★★★★




ブラジルでの戦友 2005-10-24
旧日本兵の小野田寛郎さんがルバング島から帰還した。その小野田さんは、日本でいわれない中傷をいろいろ受け、ブラジル移住を決意した。そして現地で苦労に苦労を重ね、農園を成功させた。その小野田さんの妻が、この町枝さんだ。小野田さんは、3種類の苦労をしている。
一つは、ルバング島で、殺されるかもしれないという緊張感の毎日をすごしたこと。
二つ目は、帰国して、いわれなき中傷に悩まされたこと。
そして三つ目は、ブラジルで農園を経営する苦労だ。町枝さんは3つめの苦労を、ずっとともにしてきたことになる。小野田さんはブラジルに行っても、本当に苦労をしたようだ。特にお金の苦労だ。
農園を切り開くといっても、そんなにお金があるわけではない。ある程度工面しても、何と7年間は収入にならないのだ。
その間、自分も食べていかなければいけないし、牧場をつくり、牧童に給金を払わなければいけない。  物見遊山の日本人がやってきては、小野田さんの邪魔をする。全員、同じ質問をする。小野田さんの書いた本など読んでいないから、まったく同じことを聞く。 小野田さんはそれに全部答えてやる。そうすると2時間睡眠で働き続けることになるのだ。
遠くでパーティに呼ばれると、小野田夫妻は常に一番安い夜行バスで出かける。 皆飛行場まで迎えに行く、というがそれは無意味なのだ。町枝さんの苦労、つまり小野田夫妻のブラジルでの苦労をつづった本になっている。しかし、タッチは非常に明るい。
これは、町枝さんの性格にもよるだろうし、結果として成功したことから来る明るさもあるだろう。とにかく、小野田夫妻の苦労の何十分の一かでもこの本で感じられるなら、それでいいのだろう。


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